2018年5月2日水曜日

ペリー以前、浦賀に来航した異国船

江戸時代の末期、嘉永6年(1853年)、ペリーがサスケハナ号を旗艦に、ミシシッピー号、プリマス号、サラトガ号の軍艦4隻で浦賀に来航、幕府に開国を迫った。翌年、ペリーが軍艦7隻、輸送船3隻で再来航、日米和親条約を締結、頑なに守ってきた鎖国体制が崩壊し、近代日本の幕開けとなった。浦賀にはペリー来航以前にも異国船が度々来航しており、その都度浦賀奉行所が対応に当たっていた。その様子は、浦賀コミュニティセンター分館(郷土資料館)に展示されている。
参照:横須賀市HP
1 文政元年(1818年)ーブラザース号ー
イギリス海軍将校ゴルドン率いる商船で、交易目的で来航した。江戸湾初の異国船、ペリー来航35年前。
ブラザース号
横須賀市自然・人文博物館所蔵
黒船タイムズ第4号、神奈川新聞2016年7月28日号転載
ブラザース号を取り巻く浦賀奉行所警備船
浦賀コミセン分館
2 文政5年(1822年)ーサラセン号ー
イギリスの捕鯨船で、来航の目的は特になく、食料や水の補充のため立ち寄る。
中島清司が描いたサラセン号
中島三郎助文書所収
黒船タイムズ第4号、神奈川新聞2016年7月28日号転載 
3 モリソン号 天保8年(1837年)
アメリカの商船で、マカオにいた日本の漂流漁民を日本に送還し、日本との間に交易を開始する目的で来航した。
モリソン号 Wikipedia転載
4 マンハッタン号 弘化2年(1845年)
船長クーパー率いるアメリカの捕鯨船で、捕鯨操業中に日本人遭難者22人を救助し、人道的と薪水補給のために来航した。
マンハッタン号 浦賀コミセン分館
マンハッタン号、日本人漂流民22人を乗せて、浦賀に来航
浦賀コミセン分館所蔵
5 弘化3年(1846年)ーコロンバス号・ヴィンセンズ号ー
東インド艦隊司令長官ビッドル率いる2隻のアメリカ艦隊が、ペリー来航(1853年)の7年前(1846年)、米、初の通商打診で来航。開国を迫ったが失敗した。
アメリカ東インド艦隊司令長官ジェームズ・ビッドル
神奈川県立歴史博物館所蔵
黒船タイムズ第9号、神奈川新聞2016年12月22日号転載
軍艦コロンバス号
神奈川県立歴史博物館所蔵
黒船タイムズ第9号、神奈川新聞2016年12月22日号転載
軍艦ヴィンセンズ号
神奈川県立歴史博物館所蔵
黒船タイムズ第9号、神奈川新聞2016年12月22日号転載
6 マリナー号 嘉永2年(1849年)
艦長ハロラン率いるイギリスの軍艦で、江戸湾及び下田港の測量目的で来航した。

7 嘉永6年(1853年)ーサスケハナ号・ミシシッピー号・プリマス号・サラトガ号ー
ペリー提督率いるアメリカ艦隊が、4隻の軍艦(黒船)で、通商要求のため浦賀沖に来航、久里浜に初上陸、大統領国書を幕府に渡した。
軍艦4隻:
 サスケハナ号(蒸気船 全長:257ft 2,450ton 大砲6門)
 ミシシッピー号(蒸気船 全長225ft 1,692ton 大砲16門)
 プリマス号(帆船 全長147ft 789ton 大砲4門)
 サラトガ号(帆船 全長150ft 882ton 大砲4門) 
ペリー提督胸像 ペリー記念館
ペリー艦隊(ミシシッピー号・サスケハナ号・プリマス号・サラトガ号)
ペリー記念館ジオラマ
ペリー艦隊旗艦サスケハナ号 浦賀コミセン分館
ペリー来航瓦版 東善寺所蔵
ハイネが描いたペリー提督、久里浜初上陸の様子
8 嘉永7年(1854年)ーサスケハナ号・ミシシッピー号・プリマス号・サラトガ号・ポウハタン号・マセトニアン号・バンダリアン号ー
ペリー提督率いるアメリカ艦隊が軍艦7隻、輸送船3隻で再来航、神奈川沖に停泊、日米和親条約締結。下田と箱館(現在の函館)を開港、鎖国体制は終焉、開国を迎えた。
軍艦7隻:
 サスケハナ号(蒸気船)
 ミシシッピー号(蒸気船)
 プリマス号(帆船)
 サラトガ号(帆船)
 ポーハタン号(蒸気船)
 マセドニアン号(帆船)
 バンダリア号(帆船)
輸送船3隻:
 サザンプトン号(帆船)
 レキシントン(帆船)
 サプライ号(帆船)

浦賀歴史年表(浦賀コミセン分館資料転載)
浦賀歴史年表

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