2018年2月10日土曜日

市民割-記念艦「三笠」乗艦-

2月の1ヶ月間、横須賀市民割が実施されている。この機会を利用し、まず最初に記念艦「三笠」の見学に出掛けた(2月6日)。一般観覧料、通常600円(シニア500円)が、市民割で300円に割引されていた。
記念艦「三笠」の年間来艦者:25万人

参照:公益財団法人三笠保存会発行パンフレット
東郷連合艦隊司令長官は、対馬沖を北上するバルチッ ク艦隊との海戦に際し、「皇国の興廃この一戦にあり各員―層奮励努力せよ」との信号、Z旗を掲げた。

東郷連合艦隊司令長官と記念艦「三笠」

艦橋で指揮する東郷連合艦隊司令長官

翻るZ旗

「皇国の興廃この一戦にあり各員―層奮励努力せよ」

「三笠」の由来
日露戦争は、ロシアの極東進出によって、存亡の危機に立たされた我が国が、心身の限りを尽くして戦った防衛戦争であった。東郷平八郎司令長官が率いる我が連合艦隊が、バルチック艦隊を対馬沖に遂撃して圧倒的な勝利を収めた日本海海戦により戦争は終局に向かい、ポーツマス条約が締結されて両国の講和が成立した。
「三笠」は当時最新鋭の戦艦であり、東郷司令長官が乗艦指揮する旗艦として日本海海戦において常に連合艦隊の先頭に立ち、敵艦の集中砲火を浴びながら戦い抜き、歴史的な大勝利に大きく貢献した。大正15年、このように栄光の歴史を持つ「三笠」を記念艦として保存することになり、難工事を克服して、現在の場所(横須賀市三笠公園内)に固定され、以来民族の誇りの象徴として親しまれている。日本の「三笠」、英国の「ヴィクトリー号」、米国の「コンスティテューション号」は、世界の三大記念艦として広く知られている。

「三笠」の略歴
明治35年3月1日(1902) 英国ピッカース造船所で竣工
同36年12月28日(1903) 連合艦隊旗艦
同37年8月10日(1904) 黄海海戦
同38年5月27日(1905) 日本海海戦
大正15年11月12日(1926) 記念艦
昭和36年5月27日(1961) 復元
平成4年6月8日(1992) 海事遺産賞受賞
平成29年4月28日(2017) 日本遺産「鎮守府」構成文化財に追加認定

「三笠」要目
船体:鋼鉄、排水量:15,140㌧、全長:122㍍、幅:23㍍、速力:18ノット 、乗員:859名、 主砲:30㌢砲4門、副砲:15㌢砲14門、補助砲:8㌢砲20門、45㌢魚雷発射管:4門

艦首

艦尾

全部主砲(30㌢砲)

側部副砲(15㌢砲)

艦橋とz旗

操舵室

艦橋と伝声管

司令長官公室

参謀長公室

士官室

パワースポットとして人気の艦内「三笠神社」

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